Since 1990 ミスターケリーズ30年の歩み

1990年9月1日、ミスターケリーズは「COFFEE and JAZZ VOX Mister Kelly’s」として、
大阪西梅田に誕生しました。

米シカゴの北ラッシュ通り1028番地にあった本家Mister Kelly’sから名称の使用許可を得て、1990年9月1日大阪西梅田に「COFFEE and JAZZ VOX Mister Kelly’s」が誕生しました。
堂島オフィス街にあるビジネスホテルの1階。東に続く北新地の土地柄、客筋を活かして、お昼間はランチやカフェ、夜はグラスを傾けながらジャズの生演奏を楽しめるスポットとして開店いたしました。
店内はミニコンサートホールをイメージしたデザイン、ライブ出演者は関西ジャズ界の名プレイヤー・藤井貞泰氏(P)、竹田一彦氏(G)の協力のもとトランペッター奥田章三氏がプロデュースを担ってくださいました。


Mister Kelly’sのルーツは、50年代のシカゴに遡ります。
本家Mister Kelly’sは、1950~70年にかけてシカゴの北ラッシュ通り1028番地で、レストラン&ナイト・クラブとして営業。ジャズファンなら誰でも知っている名盤「サラ・ヴォーン・アット・ミスター・ケリーズ」が生まれたのが、このライブハウスです。サラ・ヴォーンはもちろん、メル・トーメ、カーメン・マクレエなどのボーカリスト達が活躍し、バーバラ・ストライザンドもここの出身といったように、後にビッグアーティストとなった新人達の登竜門として名を馳せていました。

 
 


1990年9月1日オープンを告知する記念すべき第1号のリーフレット。
23時30分からのラストステージには他店出演の海外ジャズメンの飛び入りなど、嬉しいハプニングも!

大阪・花の万博の開催、平成天皇の即位の礼など新たな息吹を感じさせる出来事に彩られたバブル後期の華々しい時代、西梅田界隈では国道2号線沿いにNYの流れを汲むBlue Note Osaka、ジャズ喫茶の老舗・Don Shopがあり、夜半過ぎまでジャズファンや仕事終わりのミュージシャンが行き交っておりました。
当店も関西で活動するミュージシャンが中心に出演する中、海外からRon Carter (B) ,Kenny Washington (D) ,The Drifters (Chorus Band) なども出演。
1日通常時間帯の3ステージのライブとメンバーを入れ替えて23時30分から始まるミッドナイトライブがあり、ラストステージには他店出演の国内外ミュージシャンが飛び入りするなど、嬉しいハプニングもしばしばございました。

「なにわ芸術祭・中山正治ジャズ大賞」が制定され、大阪音大学に日本初のジャズ・ポピュラー部門が誕生。
Jazzというジャンルが徐々に市民権を得始めた時代でした。

開店間近から陰りを見せていたバブル景気が音を立てて崩れ始め、その後の世相や人々の価値観が大きく変わり、ステージを設けていた店舗の方針変更や店そのものを閉店とするところが増え、行き場をなくしたミュージシャン達が発電機をもって路上ライブをし始めるきっかけともなりました。

1992年関西ジャズ大賞の前身となる「なにわ芸術祭・中山正治ジャズ大賞」が制定され、大阪音楽大学では日本初となるジャズ・ポピュラー部門を開設するなど、ジャズというジャンルが徐々に市民権を得始めるようになりました。

そんな矢先の1995年、阪神・淡路大震災が発生。被災地に駆けつけたアーティストらが応援の声を届けようと何ら音響設備のない屋外で音楽を奏でる動きがニュースにもなり、多くの人々の共感を呼びました。後に地域の催しとしてジャズストリートやヴォーカルコンテストが街おこし的なイベントに取り上げられ始め、それは華やかにステージを設けた酒場経営体制が疲弊するに反比例していくかのようでした


阪神・淡路大震災があった1995年に改修工事を実施。
5月8日に「Sophiscated Jazz Vox Mister Kelly’s」としてリニューアル・オープンしました。

震災の打撃を少なからず受けた当店も改修工事を施し、ステージについては週の前半はライブの代わりに大型スクリーン上映によるシネマジャズルーム、後半はライブを行うことで営業体制を立て直し、1995年5月8日「Sophiscated Jazz Vox」としてリニューアルオープンいたしました。
半年後には通常ライブと23時からのシネマジャズに切り替え、さらに半年後、通常3ステージあるライブに加え、ミュージシャンからの要望が多く寄せられたミッドナイトライブを復活させ、24時から2ステージ行う2部構成のライブハウスとしての活気を取り戻していきました。

懐かしいオープン当時の旧店舗の写真。

 

 


東京の有名なアーティストの出演も増え、気軽なセッションから、完成されたステージへ!
2001年、Mister Kelly’sもよりライブに特化した店構えに姿を変えました。

時を経て、出演者は曜日による固定から日毎に異なるメンバー構成に変わり、個別の出演からバンド単位の出演に。演奏もその場の気軽なセッションからバンドアレンジを持ったものに変わっていきました。特徴的なポルトガル語をリズミカルに繰り返し歌うボサノバがジャンルとしてジャズとは一線を画し、その独自性からバンド単位で活動することが多くありました。また、関東からのツアーバンドがその知名度に裏打ちされる圧倒的なテクニック、エンタテナー性をもって出演することも徐々に増えていきました。

音楽メディアにおいてCDが市場を占め、PCの普及も手伝ってより簡便に作成できるようになり、多くのミュージシャンがリリースライブを行い、収録さながらのアレンジを再現する場を求めて出演するようになりました。

当店からも2001年、在英シンガー・Salena Jones氏と当店オーナー櫻井明共同プロデュースによる「多田恵美子 (P) & Frends」CDをミスターケリーズレーベル第1号として発売し、現在まで11枚を世に送り出しました。
 
 
 

 

同年9月、店舗の大規模リニューアルを施しました。カウンター内にあった音響機材をステージ正面から望める出入り口に移動し、カウンターを窓枠に掛からないよう小さく収め、ステージ幅を広げました。壁は飾られていた絵を取り払い白を基調に張り替え、レジ前にはCDのジャケット面を並べることができるラックを設け、天井は客席中央を円形にくり抜き、その中に納まりよく十数台の照明器具を設置しました。円をモチーフに玄関外側赤色の壁も円形にくり抜き、その中に当店ロゴサインをあしらいました。よりカジュアルでライブに特化した店構えと姿を変えました。

 


2005年6月、オフィシャルウェブサイトを立ち上げ、インターネットでの予約を開始!
季刊誌 Mister Kelly’s Press の発刊や、ラジオ関西での「ミスターケリーズジャズナイト」などプロモーション活動も積極的に!

2005年6月には、当店オフィシャルウェブサイトを立ち上げ、ネット予約が可能になりました。
15周年に当たる同年9月には季刊誌 Mister Kelly’s Press を発刊し、イベント訴求を図る広報に注力しました。また翌月からラジオ関西との共同企画によるジャズ番組「ミスターケリーズジャズナイト」が始まり、パーソナリティーにシンガーのたなかりか氏を起用。毎週日曜午後10時から30分間、当店に出演するミュージシャンがゲストで登場し、音楽談義、四方山話に花を咲かせておりました。



お客様には心地よさと聴き応えを、出演者にはプロの魂をさらに刺激する演り応えを、提供する。
それが Mister Kelly’s の、変わらぬポリシーです。

この頃よりミッドナイトライブを取りやめ1日2ステージが基本となり、ライブの質を向上させるため、プロエンジニアによる音響を採用。昼過ぎからステージ設営・サウンドチェックを開始するなど余念がなく、お客様には心地よさや聴き応えを、出演者にはプロをよりプロにする演り応えを実感すると評価を得て、現在の基盤となりました。

引き続きリーマンショックによる景気後退、見えないウイルスとの戦いなど紆余曲折を経て、この度開店30周年を迎えることができました。お客様ならびにご出演の皆様のご愛顧、スタッフの協力の賜物と厚く御礼申し上げます。

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