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音楽の道に入ったのは、全くの偶然の出来事。

ラテンシンガーとして、またオカリナ奏者として活躍する青山 佳龍さん。毎年のように有名な寺社仏閣での演奏会に出演したり、海外からのオファーで外国でも公演をするなど、国際的にも著名なベテランアーティストです。
そんな青山さんですが、音楽の世界で仕事をするようになったのは、まったくの偶然の産物だったそうだ。
「僕は、プロになろうなんて気持ちはまったくなく、趣味でギターを弾いていた程度だったのですが、ある日あるお店で、『グループが解散するので、いっしょにやらないか』と誘われたのがきっかけです。2、3ヶ月なら面白いかな、と思って誘いにのったのですが、以来現在までそんな偶然が重なって、ずっと音楽の仕事をしています」。
最初のグループはギターデュオで、スペイン語の歌のコーラスを少しずつ覚えながらレパートリーを増やしていったとか。
「ラテンをはじめたのもそれがきっかけ。祖母がスペイン人だったので、自分はスペイン語をしゃべれないけど、発音になじみがあったので、スムーズにはいっていけたんです。」


イタリア人の友達にさそわれて出たコンテストが、レコード会社のオーディションだった。

グループが解散したころ、イタリア人の友達に「カンツォーネのコンクールに出てみないか」と誘われ、カンツォーネなどまったく知らないまま、その友達に曲を口伝えで教えてもらって出場。
「そのコンクールがスカウトというかオーディション大会だったらしく、他にうまい人がたくさんいるのに、なぜか僕が選ばれて。ディレクターが気に入ってくれたようなのですが、そのままキングレコードの専属歌手になったんです」。
そのころは「レパートリーが10曲ぐらいしかなくてたいへんだった」と当時を振り返る青山さん。
「曲が足りなくて、口からでまかせで歌った曲がシングルカットになった。」というから、作曲の才能も、偶然が開花させたのでしょうか。


日焼けが目的で、3ヶ月の海外生活に!

そんな青山さんが海外に長期の旅に出掛けたのが、1980年。
「キングレコードで新曲を出す予定があって、レコーディングから発売まで時間があったので、会社から、『少しは健康的に、日焼けでもしてこい』といわれたのが、きっかけです」。
そのころの青山さんは、東京で毎日夕方から次の日の朝まで5件掛け持ちで仕事をしていたそうで、昼夜逆転の生活。「顔色が真っ白だった」そうだ。
「冗談で『じゃあエーゲ海にいきたい』といったら、なんとOKがでたので、ギリシャに向かいました。出す予定の新曲が、たまたまギリシャのデミス・ルーソスという有名な国民的歌手の曲だったのですが、ギリシャで、これも偶然ですが、アテネ音楽祭が開催され、まったく知名度もなかったのに『デミス・ルーソの曲をカバーする日本人シンガー』として紹介され、なんと賞までもらいました。
ギリシャを起点に、エジプトやトルコなどさまざまな地に足を伸ばした青山さん。レコード会社は3週間のつもりだったのが、3ヶ月もの長旅になり、日本では大騒ぎになったそうだ。


オカリナは、自慢じゃないけど下手です(笑い)。

青山さんの、もうひとつの顔、オカリナ奏者としてのスタートは、いまから15年ほど前。
「朝まで遊んで帰る途中、心斎橋の路上でオカリナを売っていたので遊びで買ったんです。ちょうどイベント用の曲を依頼されていて、オカリナの音色がピッタリ合ったので演奏すると、なぜか好評で次々とオカリナの仕事の依頼がきた。仕方がないので、無理やり曲を作って演奏すると、またオカリナの仕事が舞い込むという感じでした」。
笛はきちんと勉強したことがないので、「自慢じゃないけど下手です。」という青山さん。みんなが知ってる曲は間違うと、すぐにわかるので、「いつもオリジナルばかりを演奏していた」そうだ。


生命の源である水を護るグループ“ぱちゃまま”。

こうして「いつの間にか、オカリナ奏者と呼ばれるようになった」という青山さん。
「おかげで新薬師寺や、高野山金堂など、普通では演奏できない特別な場所で演奏する機会に恵まれました。ネパールやアメリカからも呼ばれて公演に出かけたり。まったく運の強さだけで生きているようなものです」。
仕事が趣味、お金もらうときだけプロ、が信条の青山さんは、
「好きなことしかしないのに、勝手に仕事がやってくるなんて、これはラッキー以外の何者でもない」という。
そして、そんな幸せを「ちょっとだけ社会に還元したい」という気持ちから、仲間で始めたのが、水を護る運動。
「自然との調和、特に水の大切さを感じて『大地母神 ぱちゃまま』という音楽ユニットを結成しました」。
特にナチュラリストでもなく、自然派でもないけれど、少しだけ世の中に還元できることがあれば、と、生命の源である水を大切にする活動をスタートしたそうだ。 子供たちと川辺で遊ぶイベントを開いたり、時には遠くネパールの小学校まで慰問に出かけたり。しかし、青山さんの活動は、なんの気負いもなく、いつも自然体。今は、三重の山奥の古い農家で大自然に囲まれて暮らしてしるそうだが、それもまったくの偶然だそうだ。
そんな青山さんのライブ。気持ちを真っ白にして、自然体で感じてみたいものです。
青山佳龍さん(旧名 野上圭三さん)
(Vo,G,Ocarina)

あおやま せいりゅう(Vo,G,Ocarina)


PROFILE


1967年
神戸でラテングループ結成

1970年
キングレコード専属歌手となり数多くのLP、シングル発売。
NHKボーカルオーディション合格 作品例「哀しみの終わりに」、日本テレビ系グランド劇場主題歌「裸足のあいつ」他。

1980年
フリーとなり中南米、ギリシャ、エジプト、中近東の国々に渡り民族音楽の勉強をする。

1993年
自然との調和、特に水の大切さを感じて「大地母神 ぱちゃまま」 結成。

1994年
インド、ネパールの地で現地の修行者達とのジョイントライブ。
日本では書写山円教寺、天河大弁才天社、白龍神社、花山院、高野山壇上伽藍金堂、刈萱堂等の神社仏閣での演奏や各地での演奏会で活動中。
NHKドキュメント番組”鶴の里”の音楽作曲、演奏で金賞受賞。
ドキュメント番組”天平の色彩”新薬師寺十二神将作曲演奏。
現在、全国各地でのコンサート活動中。



ぱちゃまま official web site
06年6月27日 ミスターケリーズで
 
 
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